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あれから・・・
1月経ちました。
そう 撃沈してからです。

撃沈ちょっと前に 針に行ったら 背中がものすごく張っていて 肘でもんでもらったら その夜がひどかった。
だらんとなって 疲れて寝るかと思いきや もみほぐしで 体をじっとして至られなかった。

翌日 友達が来て お洗濯とか お料理とか 手伝ってくれて。
夕方月1の病院へ行くも 腰の方が痛くて 痛み止めが出てしまい 肝心な話が出来ない。

そして 同じ週 パパに付き合ってもらって ペインクリニックへ初めて 行ってみる。
硬膜外注射をやることに。

やってみると・・・
血流が良くなって ぽかぽかなるのはいいけど 胃の中まで 煮えくり返るような 気持ち悪さ。

そして 背骨と 右の坐骨に打ってもらったけど この坐骨が やっぱり当たると痛い。
本当は 3回位打つと 効果が出る人もいるそうだが 電話してみたら 「合っていないかもですね。」って。

う~~~ん 確かに 毎回これを我慢するのは しんどいかな?
2,3日で 治まりましたけど。

で また 週明けに 本来の目的のため またパパに付き添ってもらい 月一の病院へ。
でも この時 既に限界だった。

で 転院することに。
病は気から というけど 本当にこの日は 動けなかった。

椅子から立てない 立っても歩けない。。。
そして 転院先へ。

待たされた。
それでも 研修生に話をして 本命の先生にも話をして。

で 「今までの方法で うまく行かなかったから 別の方法で行こう!」ってことに。
別の方法とは・・・

プリプエママは あの整体で右の坐骨付近を痛めて以来 坐骨 腰等が痛くて 痛みが取れなくなってしまった。
MRIなどでは 問題はない。

まあよくある 一番下の背骨が ちょっと隙間が狭い というのは あるけど。
で 普通は MRIとかで 異常がなければ 「異常がないんだ」と納得して そのままだそうだ。

だがしかし プリプエママの場合は 異常がないと確認されても 痛みが取れない。
なので 原因を探る。

カイロプロテクター 針 等でも 治療する。
痛みを取るため。

痛みに 固執し過ぎた。
でも さすがに2年も経って 今年は痛くても どんどん動く!と 念頭にいろいろ目標を立てた。

そして それに取り組んで来た。
かなり ガンバッタ。

先日 その立願を見てみたら 結構達成していた。
そして 月一の病院の薬が無くなった。

その頃から 3年ぶりに風邪を引いた。
最初は 咳止めの薬が眠くて 夜も眠れた。

ストレッチポールとか パーソナルレッスンとか 針とか カイロとかで 結構出歩いていたので まあ 毎日とは言わなくても 眠れていた。
ただ 運動後は 右のお尻の割れ目辺り(仙骨あたり)から 繊維が引っ張られるように 痛くなった。

腰の方まで。
これが 辛かった。

これを 乗り越えれば 痛みがなくなるのか? と思って 大臀筋を付ける運動も やった。
背骨コンディショニングというのも 試してみた。

でも やっぱり 痛かった。
そして そのうち そうそう 福島の温泉旅行から帰って来たら 1月以上 気持ちが悪かった。

カイロにいったら 胆汁がうまく出ていない と言って 施術してもらったら あっという間に治った。
それまでは 内科に何度も言って いろんな胃薬をもらっていたのに 全然治らなかった。

そして 毎週針 月2でカイロに通うのも 疲れてしまった。
確かに 右の腕は 針で 良くなった。

ただ 坐骨付近の痛みは まあ 1週間ごとに針を打てば なんとか なる感じだったけど やっぱり座っている時間が多いと 痛くなった。
そして 段々 痛みに敏感になって行った。

そして 6月辺りから 段々暑くなって来て 寝室のドアを開けて寝ると パパが遅く帰って来た時に ピカっと電気が付いたり 洗面所やお風呂の音で 眠れなくなって。
仕方ないから 夏は 近所の針もやっている 整骨院へ行った。

最初は いいかなと思ったけど なぜか お盆前 忙しかったから(よく スタッフには 厳しく言っていたけど) なぜか プリプエママにまで 理不尽なことで 同じ日に3回 当たられた。
忙しいからと 思ったけど でも なんだか このまま通うのも 嫌になった。

何せ週4日も 通っても なかなか効果が出ない。
その頃 お花で一緒だった方が 荻窪の針の先生を 紹介してくれて。

最初は 睡眠不足で ひどくて パパに付き合ってもらって。
で とてもいい先生で 1つ1つ触りながら 丁寧にやってもらって いいなと思っていた。

で その時は 安定剤とか飲んで なんか眠いなと思いながら いつも通っていた。
でも なんとか 夏を乗り越えれば 秋になれば 眠れるようになるかなと 思っていた。

そして 月一の先生の所に行った時に 「治療院ばかりでなくて 楽しいことで 治しなさい。」と言われ 眠くなる薬は飲んでいたものの 必死で 大学時代の友達等に会って 話をして。
美術館にも行って。

でも 山梨のお墓参りで 力尽きた。
やっぱり 体が疲れていたのに 休息が取れていないからだ。

普通なら 疲れて帰って来たら ぐっすり眠ると思うけれど 寝ると 仙骨あたりが痛い 座ると 坐骨辺りが痛い等で ゆっくり休めない。
むしろ 薬を飲んでいたから? 一定時間がたつと 目が覚める。

もっと 寝ていたいのに。。。
身体が 悲鳴を 上げていたのだ。

そして 転院。
「まずは 受け入れ。100%から 始めない。」

これは もう さんざん 今までも 言われて来た事。
パパからも 友達からも。。。

「あるがまま 気の向くまま 仕事にしない。」
と言って なんと薬が増えた。

「廃人に なってしまう。」というと 「そんなことしないよ。僕だって 評判悪くなっちゃうもん。」と 話し易い先生。
でも この薬 飲むと動けなくなるんです。

そんな薬の力を借りなければ プリプエママは 休めないのです。
そして 以前も この薬から スタートしたのですが(もっと 少ない量でしたが) その時は 割とすぐに 普通の生活が送れて ヨガとかスポーツクラブとか 必死に 夏でも通っていました。

でも 今回は そうはうまい行きませんでした。
眠れるように なりましたが 寝ていると もう体が痛い。

かえって 首や背中が こってこって。。。
そして 外に行きたいのに 眠いから 行けない。

身体が重くて行けない。
筋力落ちてしまう。。。

といろいろ不安が。
そう 以前よりも 不安が増えました。

で その時のお薬も 出るようになりました。
薬漬けじゃん!

「でも 段々 慣れるから。」って。
親戚が 食べる物を持って お見舞いに 来てくれたり 色々話したり。

そう ベルギー時代の上司の奥様とも。
さすが みなさん プリプエママの性格を ご存じで。

「ここで 生き方を 変えなさい。」
そうしないと たぶん これから先 しんどいのは プリプエママ自身。

以前 ウィキページを UPしましたが 100%を目指す いつも 座右の銘にしていた「一生懸命頑張る!」をやめろと。
そして パパも友達も この上司の奥様も プリプエママは 今まで 恵まれていたと。

大変な時に プリプエおばあちゃんが 全力で守ってくれていたと。
でも その大きな力がなくなってしまって ここで初めて 本当の意味での 自立をしないと。

みんな 1人で 生きているんだからと。
プリプエママには 両親も 兄弟も 子供もいない。

唯一パパのみ。
でも パパは 仕事。

かなり 病院に付き合わせてしまったけど パパだけには 迷惑をかけたくない。
パパのいい奥さんでいたかった。

でも 友達に言われた 「プリプエママの思っている いい奥さんって 何?自分で 思っているだけでしょ?それを 本当にパパが 期待しているか?」
パパは言う 「プリプエママが どんな状況であっても いてくれるだけでいい。」って。

「だったら いるだけで いいんだよ。家事が出来なくたって 料理が出来なくたって、いてくれるだけで いいんだから。」と。
実際 もう生きているの 辛いなと 何度も思いました。

でも 死ぬって もっと大変。
辛いなと思っても 裏腹に お腹減るし なぜか OL時代に同期が貸してくれた 「完全自殺マニュアル」という本を 思い出した。

あの年は 1年に100冊本を読む と 目標を掲げていたので いろんな人が いろんな本を貸してくれた。
なぜ 彼女は あの本を かしてくれたのか?

その時は 思わなかったけど 彼女もさんざん悩んでいたのだろうか?
でも なかなか 100%うまく出来る方法って ないよね。

親戚のお姉さんが 実は 自ら逝ってしまった。
かなり 悩んでいたのだと思う。

ちょっと前に会って おかしい と思って 親戚に連絡して 病院ヘは行ったのだけれど あれだけ ご主人に迷惑かけるのは 嫌がって 誰にも何にも言わない人だったのに。
で プリプエママは 言われてしまった。

友達にも 上司の奥様にも 「生きる気 満々ジャン!」って。
だって 今回も こんなあんなで 心配してくれた人が 少なくとも10人はいてくれる。

そして こんな話もあった。
「とかく 理系の人は 原因を突き止めようとする。でも 痛みの原因は 不明なことが多い。」

まんまと これだ。
以前 別の友達にも言われた 「本来は それを追求すべきだけれど 全然別に目を向けることで 意外に 治ってしまうこともある。」

でもでも 座ると痛いと なかなか そこから 離れられない というのは 事実だった。
そして それをも忘れてしまうほどの事を 今 やっていないのだ。

公文も辞めてしまったし プリプフラも 座って作る。
本も座って読む。

で ちょっと前までは 運動フェチになってやれ!っと 思った事もあった。
みんなが あっちが痛い こっちが痛い と言う頃に プリプエママは平気 こんな体操してみたら? と教えてあげようと 思っていた。

でもね 運動すると 痛むから これも どうしたものかと 思っていた。
そして 最後の針も 話戻って もみ返しがひどくなって キャンセルの電話を入れたら 「最初の頃は 効いていたと思っていましたけど 後半は どうも力が足らず 申し訳ありませんでした。」と あとから電話が入った。

ってことは 見捨てられた?
硬膜外注射もダメだし カイロも しばらく休んでいたら この間久々 パパと一緒に1月以上待って やっと言ったら ちょっと嫌味を言われた。

確かに いつも 右が痛い と言って そこばかりいじられたら 痛みに過敏になるよね。
で まあ 今は とにかく お薬飲んでいるので そう遠出も出来ず それでもまあ 先週末 ずっと前に行っていた中国針へ パパも久々行ってみたいと 予約が取れたので 2人でタクシーで 行ってみた。

でもね 結果的には そんなに効かなかったかな?
中国針 痛いし。。。

そして 帰りに 執念で 来年のカレンダーと冬用の下着だけ デパートで 買って来たよ。
帰宅したら もう バッテリー切れたけど。

そして パパの出張(長期のノルウェー出張は 他の人に運良く代わってくれたので 良かったけど)は多いし 本当に不安になって来ると うまくしゃべれなくなるし 動けなくなる。
ヒクヒクしてしまう。

パニック症みたいなもの?
でも いつもパパは 寛大だ。

あれだけ 数か月も頑張って来たんだから 疲れも溜まっているし 急に好転するわけはない。
それでも なんとか やっていこうよ。

出来る範囲で。
だから 今週 宅配弁当を頼んだ。

初めての経験。
プリプエひいおばあちゃんも プリプエおばあちゃんも 出前というのを 取ったとこが無いのでプリプエママももちろんない。

なので なんかしら 自分で作って 食べて。
で パパにも 少し家事を手伝ってもらって。

でも お料理は 結局見ていられなくて 手を出してしまうけど 今回 洗濯機の動かし方は メモしてもらった。
まあ そのくらい知らないと 何かの時に困るもんね。

掃除婦さんも 雇おうかとか も言っていたけど とりあえず保留。
別に 何をしてはいけない というのではないので ちょこちょこ 仕事にならない程度に やりたい時に いい加減にやる。

こうやって 間引きしていくと これでも生活出来るんだと思う。
別に 誰に迷惑かけている訳でもない。

そして プリプエママみたいに 子供も 兄弟もいない人は なんとかかんとか やっているのだろうから。
病院の付き添いも 薬の加減で まだ 1人で行くことが出来ないので(元気なら 電車やバスで乗り継いで 行くのだけど 今はタクシーで)パパの方の親戚に 頼むことにした。

でも 病院ヘは タクシー捕まえて 現地で落ち合う。
このタクシーが なかなかつかまらない。

電話しても 大体9時半診察が多くて その前に電話すると どこも空車が無いという。
で ネット予約は1週間前から というから やってみたけど やっぱりこの時間がだめなのか Ⅹになってしまった。

なので いつも パパがちょっと先まで歩いて 捕まえて来るか 最初の日は 1つ駅まで歩いて 大通りで捕まえた。
この時は かなり調子悪かったので そこまで歩くのでへばってしまった。

パパの言葉。
静かに 嵐が過ぎるのを待つ。
先を 考えない。
じっとしていてよい。
希望はなくても良い。
ヤケを 起こさなければいい。

今迄は プリプエママ いつも この真逆なこと やって来たからね。
だから 先生も 今までと 反対の方法で行くって。

問題に立ち向かっていく。
先を考えて 不安になる。
あっっちこっちと 試してみる。
希望を持つ。
うまく行かないと 落ち込む。

それにしても 1日 家にいるのは 本当に 長いものです。
殊に やる気がなかったり 眠かったりすると 思うように出来なくて。

でも そこで 抗ってはいけないのです。
じっとしていれば いいのです。

それでも TVとか 本とか ラジオとか 聴いていると いろんな言葉が 引っかかって来ます。
泣けて来ます。

TVの題名でもありますが「逃げるは恥だが 役に立つ」(抗いても しょうがない時は それを避けるのも手)
「脱皮できない蛇は 滅びる」

そして 友達にもパパにも上司の奥様にも 親戚にも言われましたが 「出来なかった事ではなくて 出来たことを見るように。」
100%出来ないことを プリプエママ的には 「出来なかった」と言います。

でも そうではなくて 「これ 今日出来たよ!」とパパに報告した方が パパも喜ぶよ って 上司の奥様が。
プリプエママ 仏教に凄く浸っていた時があって その時は 一生懸命で 「人の為にやりたい。」って いつも 思っていたけど それが出来なくて でも 出来ない也で いいんだよって。

先の 「パパ 今日これ出来たよ!」て言ったら それだけで パパは喜ぶ。
プリプエママが そう笑顔で言えれば それが和顔施になって 人の為になる。

そして 上司の奥様に こんなことも言われた。
「プリプエママ プリプエおばあちゃんが亡くなってから 休んでいないんでしょ。」

確かに そうだ。
やることが いっぱいあって それが終わったら 今度は 自分の治すことに必死で ずっと一生懸命だった。

そういうの 溜まって来るよ。って。
プリプエママ自体 プリプエおばあちゃんが亡くなっても 気落ちしたり 何も出来ない状態になったり ふさぎ込んだり というのが なぜかなかった。

友達は そこに自分で触れないようにしているから 大丈夫かな?と思ったって。
上司の奥様曰く 人それぞれ それがいつ来るか わからない って。

もうそういうのも 全部まとめて来てしまったのか?
人生50年。

ここからは 生まれ変わったつもりで 違う人生を歩むしかないか。
今迄 やりたいことは いっぱいやって来たし 行きたい所も いっぱいいったし 食べたい所にも いっぱいいった。

人と比べてもしょうがなくて 以前の自分と比べても しょうがなくて 今の現状で 精一杯やるしかないか。
生きるしかないか。

今日は パパは 歌の練習に行っている。
前回は プリプエママのせいで 休んでしまった。

で 今回 パパが練習していたのは この曲だった。
この間 弾き語りしてくれた。

プリプエママの為に 選曲してくれた。
泣けた。

パパの為にも そして 最後にプリプエおばあちゃんが言った 「プリプエママの50代が見たかった・・・」という願いの為にも。
どんなにグチャグチャでも ボロボロでも いるだけでいいって 言ってくれる人がいるから。

希望のかけら   
by puripuemama | 2016-10-27 19:56 | 徒然日記 | Comments(0)
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